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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)4208号 判決 1956年10月22日

原告 栗原保之助

被告 井上平太郎

主文

被告は原告に対し、金五十万四千七百六十八円及びこれに対する昭和二十九年五月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を被告、その余を原告の負担とする。

本判決は原告勝訴の部分に限り、原告において金十七万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金五十九万二百九十五円及びこれに対する昭和二十九年五月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり陳述した。

一  原告は被告に対し次のとおり株式の買付を委任し、同時に右買付に必要な代金及び手数料を預託した。価格はすべて指値により買付けた株券は直ちに原告に引き渡す約定であつた。

(イ)  昭和二十七年十一月十二日、東京海上火災保険株式会社株式(以下東京海上という。)百株、金額八万二百円(単価八百二円)、手数料七百五十円、合計八万九百五十円、

(ロ)  昭和二十八年一月三十日、東京海上百株、金額十一万七千九百円(単価千百七十円)、手数料九百円、合計十一万七千九百円、

(ハ)  同年二月十三日、東京海上百株、金額九万九千五百円(単価九百九十五円)、手数料八百円、合計十万三百円、

(ニ)  同年三月三十一日、平和不動産株式会社株式(以下平和不動産という。)百株、金額三万九千五百円(単価三百九十五円)手数料五百円、合計四万円、

二  しかして被告は右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の当日前記各株式を訴外野村証券株式会社等に買付依託し、それぞれ同日前記価格をもつて取引成立し、それぞれその数日後に全株券を入手したが、原告の再三の請求にもかかわらずこれを原告に引き渡さず、他へ処分してしまつた。前記各株式はいずれも一株の額面五十円であるが以上のような高値を呼んだ理由は東京海上、平和不動産とも近く増資割当があるという特別の事情があつたのであり、原告は右株式売買により利殖する目的をもつて被告にその買付方を委任したものであるが、被告の不履行によつて次のとおりの損害を蒙つた。

三  東京海上三百株は昭和二十八年八月一日有償増資一対二・五(よつて七百五十株割当、払込金三万七千五百円)、同年九月二十日無償増資一対〇・五(よつて百五十株割当、払込金なし)により新旧合計千二百株となる。平和不動産百株は昭和二十八年八月一日有償増資一対一(よつて百株割当、払込金五千円)で新旧合計二百株となる。これを昭和二十八年十月一日東京証券取引所終値(東京海上一株四百十四円、平和不動産一株四百四十五円)をもつて売却すれば、その売得金合計五十八万五千八百円となるところ、これから、東京海上三百株買入代金二十九万九千百五十円及び増資払込金三万七千五百円、平和不動産百株買入代金四万円及び増資払込金五千円を差し引き残額二十一万四千二百五十円が原告の利益であるが、更に株式総数千四百株の売却手数料(一株五円五十銭)七千七百円及び被告に支払うべき慣習上一割の謝金二万千四百二十五円をこれから差し引き残額十八万五千百二十五円が現実に原告の得べかりし利益である。

四  又原告は昭和二十七年中から被告に人絹繊維類相場の保証金を交付し、被告に委任して被告名義で訴外横井産業株式会社を通じて糸売買取引をしていたところ、右保証金としては、

昭和二十七年二月 金九万九千二百円

同年三月     金十万円

同年五月     金六万円

同年六月     金六万千七百五十円

同年十一月    金三万九百五十円

合計金三十五万千九百円をそれぞれ交付したが、右のうち金八万二百円は前記一の(イ)東京海上百株の購入資金に流用したので保証金残額は二十七万千七百円となり、右糸売買による損益は、利益金十八万四千六百十五円

(内訳)

昭和二七年六月二一日   六、三六〇円  六月二八日  八、二八〇円

七月九日   七、二八〇   七月二九日  四、四〇〇

七月三〇日   五、五六〇    八月二日  一、七八〇

八月四日   四、二〇〇   八月二五日 一三、八六〇

八月三〇日  一一、九二〇   九月一〇日  四、九八〇

九月一一日   九、九〇〇   九月一二日  三、五六〇

九月一五日  一七、五二〇   九月二六日  九、四四〇

九月二六日   三、四〇〇   九月二九日 一〇、〇〇〇

一一月二六日  四四、〇〇〇

昭和二八年四日一日  一三、二七五    五月四日  四、一〇〇

損失金三十八万九千四百九十五円

(内訳)

昭和二七年八月二三日  三三、六六〇円 一〇月二八日 四二、四八〇円

一一月二六日 一九八、〇〇〇

昭和二八年三月二日  九三、七八〇   四月二五日 二一、五七五

である。

五  従つて、被告は原告に対し前記株式買付預託金三十三万九千百五十円、その不履行により原告の蒙つた損害(得べかりし利益)金十八万五千百二十五円、糸売買保証金二十七万千七百円に利益金十八万四千六百十五円を加えた金四十五万六千三百十五円から損金三十八万九千四百九十五円を差し引いた残額金六万六千八百二十円、合計金五十九万二百九十五円を支払うべき義務がある。よつて原告は被告に対し右金員並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和二十九年五月三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

六  被告の抗弁事実は否認する。

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

一  被告が原告からその主張のとおり東京海上三百株及び平和不動産百株買付の委任を受け、それぞれ原告主張の日にその主張の価格で右株式を買い付け、数日後株券を入手したこと及びこれを原告に引き渡さず他へ処分したこと右各株式の昭和二十八年十月一日における価格が原告主張のとおりであること(ただし右は旧株の価格であり、新株の価格はこれより五パーセント減の範囲内で認める。)原告が昭和二十七年中から被告に保証金を交付し、被告を通じて糸売買取引をしていたことはいずれも認めるが、被告が原告から交付を受けた金額並びに糸売買における損益計算額は争う。

二  被告が原告の委任によつて買い付けた前記株式はこれを直ちに原告に引き渡すべき約束ではなく、右糸売買取引の保証金代用として被告に差し入れる約定であつたから、被告は右糸売買取引における損失補填のためこれを処分したのである。すなわち、被告が右株式買付並びに糸売買取引を通じて原告から交付を受けた金員は、

昭和二十七年二月 金十万円

同年三月     金九万九千二百円

同年五月     金六万円

同年六月     金六万千七百五十円

同年十一月    金三万九百五十円

昭和二十八年一月 金十一万八千円

同年二月     金十万円

合計金五十六万九千九百円であるところ、糸売買における原告の利益は金十九万九千百七十五円(「内訳」原告主張の昭和二十七年十一月二十六日の利益金は五万千九百円である。その他は原告主張のとおりであるが、なお原告主張のほかに昭和二十八年三月二日金七千五百二十円の利益がある。)損失は金五十一万七千百八十五円(「内訳」原告主張の昭和二十七年十一月二十六日の損失金は三十万三千百二十円、同昭和二十八年三月二日の損失金は十一万六千三百五十円である。その他は原告主張のとおり認める)であるから、結局原告は糸売買において金三十一万八千十円の損失を負うわけであるが、これを前記保証金(株式買付代金を含む)五十六万九千五百円から差し引くと残額金二十五万千八百九十円となる。

三  被告が原告の委任により買い付けた株式を原告に引き渡さなかつたことが債務不履行になるとしても、株式の価格は常時変動するものであり、最高価格の瞬時において多数の株式を一時に売却することは不可能のことに属し、原告主張のような得べかりし利益は存在しない。

四  しかして被告は右委任事務を処理するため必要な費用(雑費、自動車賃、電話料等)として昭和二十七年二月から昭和二十八年五月まで一カ月金二万円の割合で合計金三十六万円を支出したから、原告に対してその償還請求債権を有するところ、被告は本訴において、右債権と原告が被告に対して有する債権と対等額において相殺する。

<立証省略>

理由

一  原告がその主張の第一項(イ)(ロ)(ハ)(ニ)記載のとおり被告に対し株式の買付を委任し、被告がそれぞれ同日右価格をもつて各株式を買い付けたこと、被告が右株式を原告に引き渡さずこれを処分したこと、昭和二十八年十月一日における東京証券取引所終値東京海上(旧株)一株金四百十四円、平和不動産(同上)一株金四百四十五円であつたこと、原告が昭和二十七年中から被告に人絹繊維類相場の保証金を交付して糸売買取引を委任し、昭和二十八年五月頃まで右取引を継続したことは当事者間に争いがない。

二  原告は右株式買付代金並びに手数料全額を当時被告に交付したほか、糸売買保証金二十七万千七百円を差し入れたと主張するのに対し、被告はその額を争うから、まずこの点について考察するに、成立に争いのない甲第三号証の一から七及び被告本人(第一、二回)の供述並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、原告は被告に対し、

昭和二十七年二月十一日  金十万円

同年三月十三日      金九万九千六百円

同年五月九日       金六万円

同年六月二十三日     金六万千七百五十円

同年十一月十二日     金三万九百五十円

昭和二十八年一月二十九日 金十一万八千円

同年二月十三日      金十万円

合計金五十六万九千九百円をそれぞれ交付した事実を認めることができるが、これ以外に原告が被告に金員を預託した事実を認めるに足りる証拠はない。よつて被告が前記(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各株式買付けに支出した金三十三万九千百五十円をこれより控除した残額金二十二万九千七百五十円が(糸売買の保証金として)被告の手許に存したことは計数上明らかである。

三  次に糸売買における原告の利益及び損失の額について考察するに、原告は昭和二十七年六月二十一日から昭和二十八年五月四日までの取引において金十八万四千六百十五円の利益を得たと主張するのに対し、被告はこれを金十九万九千百七十五円と主張し、原告主張の内訳のうち昭和二十七年十一月二十六日の利益は金五万千九百円であると主張するほかその余の分は原告主張のとおり認めている(なお、昭和二十八年三月二日利益金七千五百二十円があると主張するが、これは後記のとおり同日の損失と相殺して計算すれば、利益として計上する必要はないことが明らかである。)ところ、昭和二十七年十一月二十六日の利益として被告の主張するところは原告の主張よりも多額であるから原告主張の範囲内においてはこれを争わないものというべく、結局右取引における原告の利益は当事者間に争いのない範囲内で合計金十八万三千九百十五円であると認めるのを相当とする。又損失額についてはこれを原告は金三十八万九千四百九十五円と主張するのに対し、被告は金五十一万七千百八十五円と主張し、その内訳として原告主張の昭和二十七年八月二十三日金三万三千六百六十円、同年十月二十八日金四万二千四百八十円、昭和二十八年四月二十五日金二万千五百七十五円についてはこれを争わず、原告が昭和二十七年十一月二十六日の損失として金十九万八千円、昭和二十八年三月二日の損失として金九万三千七百八十円と主張するのに対し、被告は前者を金三十万三千百二十円、後者を金十一万六千三百五十円と主張する。よつて按ずるに成立に争いのない甲第五号証の一から二十二、原告本人の供述により真正に成立したものと認める甲第四号証の一から八及び原告並びに被告(第一、二回)各本人の供述(ただし被告本人の供述については後記措信しない部分を除く。)を総合すると、原告は右糸売買につきその取引の価格、数量をその都度被告に指示して取引していたが、同時に被告もまた個人として糸売買をしており、原告の分と被告の分とを一括して訴外横井産業株式会社を通じて被告名義で取引していたので、右横井産業株式会社の発行する計算書には両者の取引が一括して記載されていたところ、被告は右計算書のうち被告個人の取引にかかる分は原告にこれを明示してその計算を明らかにしていたことを認めることができ、被告本人の供述中右に反する部分は前掲各証拠に照らして直ちに措信できず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。しかして前掲甲第五号証の十六及び原告本人の供述によれば附和二十七年十一月二十六日の取引については十二枚(一枚四十封度)売損失合計金三十万三千百二十円のところ、うち四枚は被告個人の取引にかかるものであり、その分の損失は金十万四千百二十円であることを認めることができるから、同日の取引における原告の損失としては金十九万九千円であるというべきであるが、昭和二十八年三月二日の取引については前掲甲第五号証の十八及び十九によると原告の損失が金十万八千八百三十円であることが認められる(甲第五号証の十八の計算書上欄に「井上分1/2」との記載があるがこれをもつて同欄記載の取引の一部が被告個人の取引であることを認めるに足らず、他に同日の取引における原告の損失額が右数額以下であることを認めるに足りる証拠はない。同日の損失として被告の主張する金十一万六千三百五十円は、前記同日の利益として被告の主張する金七千五百二十円と相殺すれば、前掲の損失額と一致する。)から、結局糸売買における原告の損失は合計金四十万五千五百四十二円と算出される。

従つて前記保証金二十万九千七百五十円に利益金十八万三千九百十五円を加えた金四十一万三千六百六十五円から損失金四十万五千五百四十二円を差し引いた残額金八千百二十三円が右糸売買取引清算金として原告から被告に請求し得べき金額である。

四  次に被告が原告の委任に従いその指図どおりの株式を買い付けながらこれを原告に引き渡さず他へ処分したことは冒頭説示のとおりであり、株式買付後は遅滞なく原告へ引き渡すべき約定であり、原告は利益を得て譲渡する意思で右株式買付けの委任をしたものであることは原告本人の供述により認め得られる(被告本人の供述中これに反する部分は措信できない。)から、被告は原告に対する関係で当時委任の趣旨に従つて履行が可能であつたに拘らずこれを履行しなかつたことに帰し、右委任の趣旨によれば遅滞後の履行が原告にとつて殆ど利益がない場合にあたるから、被告は原告の請求により原告から受領した右株式買付代金を返還するとともに、不履行により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があることは明らかである。しかして当裁判所が真正に成立したものと認める甲第六号証及び原告本人の供述を綜合すると東京海上については昭和二十八年八月一日、一対二・五の有償増資、同年九月二十日、一対〇・五の無償増資がなされ、平和不動産については同年八月一日、一対一の有償増資がなされたことを認めることができるから、被告が原告の委任により買付けた株式を他へ処分していなかつたならば、原告において名義書換の手続をなしたうえ、右増資割当を受け得たであろうことは容易に推認し得べきところ、右株式(旧株)の昭和二十八年十月一日東京証券取引所終値は東京海上一株四百十四円、平和不動産一株四百四十五円であつたことは冒頭説示のとおりであり、同日における増資新株の価格は(増資直後の新株の価格は旧株の価格を幾分下廻るべきことは当裁判所に顕著な事実であるが、被告は右各新株の価格の五パーセント減の範囲内でこれを認めているから右の割合によると)東京海上一株三百九十三円、平和不動産一株四百二十三円と認めるべきであるから、東京海上旧株三百株を一株につき金四百十四円、新株九百株を一株につき金三百九十三円をもつて売却するとその売得金は金四十七万七千九百円となり、平和不動産旧株百株を一株につき金四百四十五円、新株百株を一株につき金四百二十三円をもつて売却するとその売得金は金八万六千八百円となるが、これから東京海上三百株買入代金二十九万九千百五十円及び増資払込金三万七千五百円、平和不動産百株買入代金四万円及び増資払込金五千円を差し引き残額金十八万三千五十円となるところ、更に千四百株の売却手数料(東京海上旧株、平和不動産新旧株につき一株五円五十銭、東京海上新株につき一株五円-右手数料額は成立に争いのない甲第二号証の一から四に記載された手数料額から算定できる。)金七千二百五十円及び原告主張の割合により被告に支払うべき慣習上の謝金一万八千三百五円を差し引き、残額金十五万七千四百九十五円が現実に原告の得べかりし利益である。しかして被告が株式の取引に精通するものであることは被告本人(第一回)の供述により認め得るところであるから、東京海上又は平和不動産につき前記のとおり増資割当がなされ、かつ、右のとおり騰貴し得べきものであることは株式買付の委任を受けた当時において予め知り得べかりしものというべく、被告は原告に対し委任契約上の債務不履行に基づく履行に代る損害賠償として右金額を支払う義務があるといわなければならない。被告は多数の株式を最高価格の瞬時において売却することは不可能であると主張するが、元来株式は有価証券として証券取引所を通じて自由に売買取引されるものであり、千四百株をもつて著しく多数ということもできず、両者とも一流銘柄の株式であり原告が投機を目的として右株式の買付を委任したものであることは前段説示のとおりであるから、原告が前記価格をもつて右株式を売却することは十分に可能であつたと認めるのが相当である。

五  よつて被告は原告に対し株式買付預託金三十三万九千百五十円株式買付委任契約上の債務不履行による損害賠償金十五万七千四百九十五円、糸売買取引清算金八千百二十三円、合計金五十万四千七百六十八円を支払う義務があるというべきである。被告は委任事務処理のため必要な費用として金三十六万円を支出したから右返還請求債権と原告の被告に対する債権とを対等額において相殺すると主張するが被告がその主張のような費用を支出したことはこれを認めるに足りる証拠がないから右相殺の抗弁は採用できない。

六  よつて、原告の本訴請求は被告に対し金五十万四千七百六十八円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが本件記録編綴の送達報告書により明らかである昭和二十九年五月三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中恒朗)

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